Story of WATERLINE

都内唯一の空間作りは誰にとっても初めてのことだらけ実現までにかけた時間と乗り越えた壁は数知れないそれでもあきらめない思いが遂に形となった

かつては多くの運河があり綺麗な水辺のあった「水の都」東京も、開発の進んだ現在ではその面影をほとんど残していない。そうしたなか、これまでティー・ワイ・ハーバーでは水を目の前にして食事できる空間が多くの顧客を惹きつけてきた。 そんなある晴れた日、広いテラスに座り、無機質な護岸に囲まれた対岸や運河に背を向けたビルたちを見ながら、ふと「もっと水と陸をつなぐような空間を作れないだろうか」と思ったのがウォーターラインを考えるきっかけだった。

船を泊めて今までにない空間を作れないかと思い、調査を始めた。船舶を係留するには運河を管理する東京都の水域占用許可が必要だったが、当初は運輸・荷役以外の用途には許可が下りず、補助金で廃船となっていた「はしけ」や「台船」の有効活用や、また災害用食糧の備蓄など様々な提案をしたが受け入れてもらえなかった。しかし2004年に東京都の「運河ルネサンス」計画が登場し、それまでの努力の甲斐あって天王洲はモデル地区に指定され、第1号のプロジェクトとしてスタートすることが決まったのだ。

さて次はどう空間を作っていくかだった。船を改造した施設は氷川丸などがあったし、逆に「いかに船らしくなく作るか」を考え、花火の打上げなどに使う台船をベースにして上に構造物を作り、「水に浮かぶモダンな部屋」を作りたいと思った。そしてデザイナーと相談し、世界遺産でもあるミース・ファン・デル・ローエの「ファンズワース邸」をモデルに通常の船では難しいようなガラス面の広い、これまでにない空間を作ろうということになった。 またこれまで東京都では一般船が一時的に係留できる桟橋がなかったが、あわせて桟橋を設置して船での来店を可能にすることで、東京のボートオーナーたちがよりクルーズを楽しめるような環境を整備したいと思った。

ただそこからさらに産みの苦しみを味わうことになる。造船所で造り水に浮かぶ以上は船舶の法律が適用されるが、同時に長期係留する船舶には建築基準法が適用されることがわかり、運河はなんと市街化調整地域ということで開発許可の申請に始まって構造計算や福祉条例への対応など予想以上の複雑なプロセスが発生。これまでの法律が想定していないことが多く、すべてが関係者にとって初めてのことばかりであった。造船から艤装まですべて千葉の造船所で行い、完成した船を曳航して設置を終え、東京にたった1つだけの空間が生まれたのは2006年のバレンタインデーの夜。 その時には着想からすでに4年近くの時が経っていた。

できた船には、水との距離感への思いを込め、英語で「喫水線」を意味する言葉から”WATERLINE”と名付けることにした。水に浮き、水を目の前にしてリラックスできる空間を通じてこれからも東京ならではの水際ライフスタイルを提案していきたいと思うと同時に、この店の存在が東京が発展の裏側で失ってきたもの、そしてまだわずかに残る豊かな水際の環境が 注目されるきっかけになってくれれば--- そう強く願っている。