Story of CICADA

流行っているお店を移転させる ---- レストランオーナーにとって、これはある意味で流行るお店を作るより難しいことだ。その場所に対する思い入れ、ともに店を育ててくれた地元顧客への思いに心を動かされながら、本当に移っていいのか、新しい店が同じように混むのだろうか、という葛藤や不安の中で、自分の感覚だけを信じる一種の賭けのようなものだと思う。

南麻布のシカダは2003年、31歳の時に天王洲を離れて都心で開けた初めての店だった。近隣の個人店オーナーに心配されながらもオープンして10年近く、ファンが多かっただけではなく、今の会社を支えるスタッフの多くもこの店から育ってきた。このお店があったから今の会社があると言っても過言ではないし、自分にとっても30代をともに生きた大切なお店だった。だが5年後の不動産契約更新時に次回更新の可能性が低くなり、2013年春のタイムリミットを控えこのお店をどう移転するかは、混み続けるこの店にとって大きなテーマだった。

ところが転機は突然訪れる。IVY PLACEの開業直後でまだ慌ただしかった2012年1月、以前コンペでプレゼンをしながら実現しなかった建物の件で、オーナーから連絡が入り会うことになった。再びコンペの参加を打診されたが提案期限は1週間後。細かい数字の検証をする時間はなく、また開業直後で新しいコンセプトの大型店を立ち上げる人的・精神的余裕もない。打ち合わせ後、冬の日差しが残るビジネス街を歩きながら、「シカダを移すしかない」と思った。もしオーナーからの電話が数ヶ月早かったら開業で提案や準備どころではなかったし、このタイミングでこの話が出てきたこと自体が縁だった。また10年近く経った南麻布の店は、設備の老朽化が進む一方で内装もかなり痛み改修には多額の費用がかかるし、さらに西麻布というマーケットに以前の力は感じられなくなっていたので、長い目で考えればいま場所を変えるのは正しい決断だろうと考えた。そして提案は受けいれられ移転が決まった。

オーナー会社の社員寮として有名建築家により50年前に建てられ移転先の建物は、表参道駅から徒歩1分の好立地ながら広い庭やプールを持つオアシスのような邸宅で、ひと目見ただけで創造力を刺激される素晴らしい空間だった。南麻布で持っていた暖かさを維持しつつ、「コロニアル」をテーマに南方に あるリゾートのような店を作るというイメージはすぐに固まった。リノベーションは想像以上の難しさを伴ったが、ただ今回の計画は単なる1店舗の開業でもな ければあくまで1テナントとして参加した代官山とも異なり、同時開業したベーカリーおよびカフェとあわせて街全体にインパクトを与えるような施設計画に挑 戦できたという意味で、自分たちにとっても新しい一歩となったと思う。

とはいえ移転が近づくと、移転を知った人から「なぜ移すのか?」と問われ続け、変わらず賑わうシカダを見ては「本当に移転して大丈夫なのか?」 という思いに悩まされる日々だった。ただ自分としてはこの決断が正しかったと思うしかないし、移転して残念と言われるのではなく、むしろ移転してすごくなったね、と言われるぐらいの店にしようと精一杯の努力をしたつもりだ。オーナーは歴史ある会社だが、実は母方の高祖父が明治時代の会社設立にあたって中心メンバーだった縁もある。そんな場所で、また新たな歴史をスタッフやファンの人達と刻んでいきたい。

→Hiroo CICADA Story