Story of beacon
シカダを開けてしばらく経つと、その混み方を見て商業施設などから様々な出店のオファーが来たが、私たちはこれまでのイメージを維持できる立地の路面店しか考えていなかった。そうしているうちに、以前からそこでやってみたいと思い気にかけていた場所の店舗を引き継がないかという話が出てきた。 その場所は、実はデイビッド・キドが1993年に東京に来て最初に働いた店があった場所だったのだ。彼が総料理長として立ち上げた「ランチャン バーアンドグリル」は、外国人を初めとする常連に支えられた人気店だった。まさに次の出店を考え始めたタイミングで、そうした縁や様々な事情が重なって出てきた物件に、何か運の強さを感じた。
そもそも家賃が高騰しつづけていた青山でレストランを開けるのは難しいと思っていたが、渋谷寄りのこの物件は条件的に合いそうだった。しかも表参道と渋谷の両方に近い上に、オフィスが多い割にはレストランが少なく、また人通りの多い表通りから一本入って静かなところも常連相手のビジネスをしてきた私たちにとっては好都合だった。以前からオトナ向けのレストランを開くには好立地だと思っていたが、デービッドにとっても思い出深い場所であり、シカダに続くレストランを開くにはこれ以上ない理想的な場所だった。
ここでは都会に住む大人が安心して食べられるグリルのレストランをやろうということになった。グリル系の店やステーキハウスは東京にいくつもあったが、ホテル系を中心に不必要に高いか非常にカジュアルかという選択肢が中心で、自分たちが行きたいと思う店は少なかったからだ。そして決まったテーマは ”urban chop house ”。チョップハウスは日本人にはあまり馴染みがないがアメリカでは昔からある業態で、シンプルに良い素材をグリルした料理を中心とするコンセプトであり、私達はそれをよりモダンに都会的に進化させた。食材は大きなポイントだったが、ある程度プライベートでの利用もできる価格帯でベストクオリティーの物を探した。天然物が中心だが、デイビッドの強い希望で、資源が枯渇しそうなものは高品質の養殖物を用い、また資源を破壊して育てられる食材などは一切使わないことにした。
この店の空間づくりの出発点となったのは、シカダと同様に入口を移すことだった。以前は青山通りから建物を回り込むように入らねばならなかった入口を青山通り側に移し、店の「顔」を作ることからすべてがスタートした。
ある人に「気の流れが変わった」と言われたが、その方が何か自然な気がしたのだ。厨房の位置は動かさずに内装はすべて作り直し、大きなスペースと広いガラス面を利用して昼は自然光が入って明るく、また夜は暗めでオトナのための空間演出を考えた。大きなポイントだった照明は、シカダを担当したプランナーに引き続き依頼した。根本的なスタイルは何も変わらないが、TYやシカダのカジュアルさとはまた違う緊張感を持たせた、オトナのための店である。




